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白血病CML発覚から6年、急性転化から移植無しで3年が過ぎました。「ashブログ」で検索。

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白血病の闘病歴 年末年始入院(T315IとY253H)

白血病の病歴 年末年始入院(T315IとY253H)


ashの病気は、慢性骨髄性白血病(Chronic myelogenous leukemia, CML)。2007年3月か4月にそう診断された。グリベックで抑えたが、約三年後の2010年02月、急性転化期(Blast Crisis, BC)した。急性期(Blast Phase, BP) とも言う。リンパ芽球性の急性転化だった。CMLの最後の病期(末期)で、さらに骨髄芽球性より難治性だ。ここまでくると予後が極めて悪いらしい。当時ネットでググったら余命3~6ヶ月とあった。



でも、第二世代チロシンキナーゼ阻害薬 スプリセルが効いてくれ退院。副作用はグリベックよりずっと軽かった。野山や海を満喫した。ニャンズともいっぱい遊んだ。しばし平和な慢性期状態が続いた。


同じ時期にお袋も癌を患い、別の病院で化学療法を受けていた。


一ヶ月半でスプリセルは効かなくなった。お袋はまだ入院中。猫たちを残し6月に再び入院した。家には5ニャンズしか居なかったから、とても心配した。叔母や叔父ちゃんや知人がニャンズの面倒を見ていてくれて猫たちは元気だった。

超強力なレジメンの化学療法を受け、血液学的寛解へ持ち込めた。BPからの骨髄移植は7割の人が短期間で亡くなる。それでも移植を目指したが、二回目の化学療法で侵襲性の肺アスペルギルス症が発症。これを持ったまま骨髄移植するのは自殺するに等しい。前処置後アスペルギルスが再発する可能性が大きいからだ。肺を切除する話も出たが、そんなのイヤに決まってる。肺アスペルギルス症のみの点滴治療が数ヶ月続いた。抗真菌薬はどれも効かなかった。2010年11月、自主的退院をする。都内の移植実績が多い二つの病院でセカンドオピニオンを受けたが、新しい意見は聞けなかった。


その後は一年ほど、酒・タバコ・大食いしながら元気に過ごした。短い間だったけれど彼女もできた。デートとかした。ケンカもたくさんした。やがて、肺アスペルギルス症の影もレントゲンでは確認できなくなった。2011年04月、末梢血にほんの少し白血病細胞が出てきた。急性転化時点での点変異はF317L。念のためもう一つの第二世代薬タシグナを出してもらった。コチラの方がF317Lには有効だからだ。その後も健常者をイメージして暮らした。車や新幹線であちこち行ったり、トレーニングしたり、ボランティアしたり。そのころは、お袋も退院してきていた。


自主的退院から約一年後の2011年末、すべての感覚器がおかしくなった。ふらつく。見えづらい。聞こえづらい。入院してCTやMRIに採血、amp-cml、全身検査しても悪いところが見つからない。これ以上治療法が無いと言われた。薬の処方をストップしてもらい、治療法がないなら入院している意味がない。死をも覚悟で一週間で自主退院してきた。何かあったら看取ってくれる地元の病院を主治医から紹介してもらった。


自主退院から数日間、体はどんどんいうことをきかなくなっていった。階段も部屋でも四つんばいで移動してた。そして、ある朝ashの両足は完全に麻痺した。倒れて立ち上がれなくなった。顔の半分も麻痺。耳は聞こえず。目もほとんど見えない。必死でケータイストラップをたぐり寄せ、お袋に電話して救急車を呼ぶよう叫んだ。お袋の声は聞こえなかった。救急車で久慈病院へ運ばれた。


寝返りも打てず、毛布も直せない。車椅子へも1人では乗り移れない。お袋とは筆談で話した。全身検査をした。原因は突き止められなかった。約一ヶ月間緩和ケア、それだけだった。神経内科の先生は「運動神経がやられているからもう歩けないだろう」と言っていた。 ・・・ 寝たきりでいる人、目が見えない人、耳が聞こえない人、車椅子での生活を強いられている人、喋れない人、、短い間だったけれどそんな障害を持つ人々の歯がゆい気持ちが分かった気がした。死も感じた。


主治医になってくれた先生に前向きに検査して原因を見つけて欲しいと頼んだ。先生の専門は外科だった。久慈病院に血液内科医は居ない。月一かな。たまに八戸からashの主治医達が応援にくるくらいだ。久慈病院の先生は髄膜癌腫症ではないかと予想を立てた。無治療では余命数週間だと言われた。正確には聞こえなかった。先生がそう書いて教えてくれた。


八戸の主治医達と久慈の先生達が相談した結果、もう一度八戸で検査をしてみてはどうだろうということになった。随圧が高かいことが予想されたため、脳ヘルニアがおきて即死する可能性もあったが、あのままでいるのは辛かったので受けた。ルンバール、脊髄液の検査だ。骨髄のマルクと違って、背骨の間から脊髄液を抜く。通常透明な脊髄液は濁っていて、ここでもブラストクライシスが起こっていた。ashの白血病細胞は、血液脳関門(血液髄液関門)を、すり抜け中枢神経系へ浸潤していた。しばらくはそのことに気づかなかった。そんなの考えもつかなかった。別の病気だと思ってた。


それから、脊髄への抗癌剤投与がはじまった。週一で11週ルンバールと髄注をした。一週ごとに体は回復した。リハビリも受け他の症状もだんだん軽くなっていった。1人で車椅子にのれ、トイレも行け、伝い歩きもできるようになり。最後には歩けるようになった。さっそく喫煙所へ通った。たくさん歩いた。その後7週間くらい全脳全脊髄への放射線治療も受け、2012年8月14日退院した。


まだ左耳は聞こえないし、左目の視力が欠けているが、オレは水の底の様な暗闇から復活した。と思っていた。でも、前に退院した時よりアクティブには暮らせなかった。副作用で怠くてゴロゴロしていた。退院から二十日後、血小板が激減し骨髄球ってのが末梢血に出てきた。その日したマルクで、また骨髄内で急性転化が起こっていたことがわかった。脊髄(脳と神経があるところ)ではなく、骨髄(骨の中の血の工場)。昨年のBCR/ABL変異解析ではF317Lが消えていたので2012年9月5日からスプリセルを再開した。9月10月とスプリセルが効いているように思えた。主治医が変わった。前のM先生は盛岡へ戻り、かわりにT先生が来てた。


貧血が酷くなっていった。血小板も増えないまま白血球数は増えていった。白血球が増えて免疫力が上がった?真逆です。まともな免疫細胞が減り、白血病細胞(つまりガン細胞)が増えている兆候だ。微熱が続いていたが、ついに38℃以上の熱が出て下がらなくなった。体中の筋肉の痛みも増した。急患で病院へ行った2012/11/29 。血小板がハンパなく減少(2.5)、ハッキリ芽球が出現(42.0)。


12/7に再入院した。初日からマルク。ドライタップ状態で骨髄液が抜けて来ない。5回も刺された。未だに痛い。週末は、太ももの付け根へCVを入れ、24時間ヘパリン、抗生物質の点滴、血小板と赤血球の点滴。そして2012/12/12 から化学療法もはじまった。


毎日のように夕方以降熱が出た。点滴で浮腫んだ。利尿剤でオシッコがたくさん出た。点滴を引っ張ってトイレに行った。2012/12/15前日から無菌室へ。抗がん剤が終ってからが苦しい。2012/12/18 17日から白血球数はゼロになり28日までゼロは続いた。その間に肺炎にかかった。ちょうど年末年始が辛かったが正月明けにはどんどん回復した。


またゼロから這い上がれた。退院できた。


が、退院の日2013/01/18 の家族説明で伝えられた、化学療法を受ける前にオーダーしたBCR/ABL変異解析で、2つの点変異が見つかっていたそうです。Y253HとT315I。今は寛解状態だが、T315Iが暴れ出すとやっかいだ。日本で慢性骨髄性白血病治療用に認可されている分子標的薬(チロシンキキナーゼ阻害薬)は、グリベック、タシグナ、スプリセルの3つ。どれもT315Iには効かないからだ。その再燃頻度が高ければ化学療法を繰り返すことになる。体がボロボロになるかもしれない。白血病細胞が抗がん剤に対して耐性をもったらゲームオーバーだ。 ・・・ そして、脊髄の方も再燃する可能性がある。多くは6ヶ月後だという。


だが希望はある。ashが入院している間、ponatInIbという新薬がCMLとフィラデルフィア染色体陽性ALL対象に米国で承認されたのである。ポナチニブはT315Iにも効果が出ているらしい。日本で承認されるまで頑張るぞ。経口薬があれば、脊髄系が再燃しても対処できそうだ。


オレはまだまだ生きるぞ。


近年目を見張る遺伝子解析、老化と若さの仕組みの解明、病気の解明、食べ物や自然の物が持っている成分の研究、宇宙の力、iPS細胞による再生医療。あちこちでパラダイムシフトが起こっている。今までの常識が覆されている。人々の健康がよい状態で保てれば人々の精神も成長する。オレが500歳まで生きると言っているのは、あながち空想ではない。


※もう朝の6時だ。誤字脱字はあとでチェックします。




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 コメントありがとぅ!ぜんぶ読ませていただいております。



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Comment

ashさんの存在は、多くの人を力づけます。文章から人として大きな魅力を感じます。
2013/02/19 Tue| URL | 匿名希望さん
読んでいて涙がでてきました。
些細なことに落ち込む自分に頑張らなくちゃって。
 でも自分が病気になった時病気と戦えるかは・・・不安・・。
やっぱりashさん神様から500歳までの力を
            もらっているのかも☆
2013/02/06 Wed| URL | pumineko☆彡
ashさん、戦闘中なのに、にまの仕事気遣って
くれたのかぁ。
ぜんぜん気がつかなくて、ほんとごめんなさい。

てか、こんどの仕事成功できるようにがんばる。
成功したら、ashの手柄な。
今日からスタッフ全員14時間勤務体勢に入ったよ。
にまねこも真剣にやる。
2013/02/06 Wed| URL | にまねこ
これまでの戦いの記録を読ませていただいて、胸が熱くなりました。
勇気があって 頭が良くて 強靭な体力と精神の力をもって、
そして~ とってもやさしいashさん。

これからもずーっと応援しています☆
2013/02/05 Tue| URL | まーちゃん
がんばります
CMLの新薬開発に従事しています。
実家が近いこともあって、ずっとASHさんのブログ見ています。
ASHさんが、いつの日か、完全寛解する薬剤を開発してみせます。
2013/02/05 Tue| URL | 匿名
辛い治療を何度も何度も乗り越えてきたashさん
強い精神力と前向きな姿勢すばらしいですね。

これからも多くの方々に希望と勇気を与えて
くださいね。

毎日応援していますよ~v-22
2013/02/05 Tue| URL | にゃんこ
こうして振り返ってみると、やっぱりashさんは不死身の体をいただいているんですね。
普通だったら(データどおりにいけば)、この病気にやられていたと思います。でも、データを新たに塗り替えながら、生き続けているashさんは、本当に希望の星です。
その時、その時の試練は辛いし、先が見えないでいる時もあるかもしれないけれど、戦いに立ち向かって勝利をイメージしながらあきらめずに進んでいくなら、必ず勝利を勝ち取ることができるんですね。
私たちの前に希望の道を備えてくれてありがとう。息子も頑張りながら、ashさんを応援し続けます。
2013/02/05 Tue| URL | アワビちゃん
力の限り生きろよ。応援してるぞ!ファイトだぞ!!
2013/02/05 Tue| URL | 匿名希望さん
ふぁいと!
(つきなみなことばしかかけないのですが、こころをこめて)
2013/02/05 Tue| URL | BR
ガンバレ! としか言えない。
他人に「ガンバレ!」と言われることがどんなにつらいか分かっていても、
今はこれしか言えません。
お気に触ったらごめんなさい。

はじめまして。猫ブログランキングに「無菌室」とあったのが気になってうかがっています。
私はC型肝炎の無症候キャリアで、インターフェロンの経験がありません。
(ガイドラインでは治療待機組です)
しかもC型なのに症状が出たことが何度かあり、完全マイノリティで肩身の狭い思いをしています。
経口抗生物質もいやがるチョーへたれ。
でも、主治医に内緒で、お酒、飲んでます。
ashさんがお料理のことなどいろいろお書きになっている意味が最近わかりました。
お酒を飲む分、身体症状をよくしたいと思い(本末顛倒?)、
食事への姿勢、レシピなど、勉強させて頂ければと思っています。
でも料理はヘタッピ。

猫ちゃんたち、きゃわいいですね~。うふふ…
風景と猫たちと薪ストーブ、とてもステキです。
2013/02/05 Tue| URL | kaocin
| ashブログ|岩手県久慈市 home |

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